マウンドからの投球練習。黙々と感覚を確かめるようにボールを投げる姿があった。
WBCの熱狂から帰国してわずか数日。まだ体には時差や疲労が残っているはずだが、伊藤大海が抱えていたのは体の重さだけではなかったはずだ。
容赦なく投げつけられた誹謗中傷。
見なければいい。聞かなければいい。周りの誰もがそう言ったはずだ。でも彼はそれをあえて見つめた。
「全部見ました」と事もなげに語る顔には、悲壮感など微塵もない。
「そこにあえて真っ向から立ち向かっていった」
逃げるのではなく踏み込む。普通なら心が折れる。人間不信になってもおかしくない。でも彼は、その作業を通して「心の疲れをとった」のだという。
意味がわからない。サウナで整うのとはわけが違う。刃物を持った集団の中に丸腰で歩いて行き、「いい運動になった」と笑って帰ってくるようなものだ。メンタルの構造は一体どうなっているんだ?
もしかすると、伊藤にとってあのノイズは自分を奮い立たせるための少し癖の強いカンフル剤だったのかもしれない。理不尽な言葉を浴びることで、身体の中の熱を強制的に高めていく。そんな不器用で、危険なやり方。
「ワクワクしている」と彼は言った。
その言葉の奥底で燃えているのは一体どんな色の火なんだ?
私たちが測れるスケールに彼はもういないんだろう。


