山崎福也 140キロの直球に宿る深い業と廃墟のエロス

日ハム

おいお前ら、今日のオープン戦見たか。
山崎福也が「高め真っすぐで空振り取れてシンプルにうれしかった」と供述している件についてだ。

お前らは鼻で笑うかもしれない。現代野球において140キロそこそこのストレートなんて、裏社会の闇取引なら「アタッシュケースの底に敷き詰められた新聞紙の束」だ。
即座に交渉決裂で鉛玉を撃ち込まれ、路地裏の湿ったアスファルトと同化するレベルの代物。なのに、この偏見の塊のようなしがないおっさんは、福也が外崎から140キロでガッツリ空振りを奪った瞬間に、モニターの前で変な声を出してしまった。

なぜか。
そこには、圧倒的な暴力(150キロ後半の剛速球)に支配された現代の力学に対する、見事なまでのアンチテーゼが存在するからだ。

考えてもみてほしい。福也の投球術は、言うなれば「風化したコンクリートの廃墟」である。一見すると今にも崩れ落ちそうだが、その実、空間の心理的圧迫を完璧に計算し尽くされた設計。
打者はそのぬらりひょんのような遅球の迷宮に迷い込み、気がつけばバットが空を切る。そこに突如として放り込まれる143キロ。
それは、深層海流の底で突然発光したチョウチンアンコウの誘蛾灯のごとき幻惑。

「去年は全然なかった」高めの空振りが取れた。そりゃシンプルにイイねと自賛したくもなる。自らの腕の振りという微細な筋肉の収縮が、物理的なエントロピーの増大に逆らい、キャッチャーミットへの到達軌道において「打者の脳内シナプス伝達を0.1秒バグらせる」という奇跡。

この現象を観測した時の歓喜の総量を【第一種・自己欺瞞的カタルシス崩壊値】と定義しよう。この値が閾値を超えた瞬間、マウンド上の投手は、古生代の地層から完全な状態の始祖鳥の化石を掘り当てた古生物学者のような、震えるほどの全能感に包まれるのだ。

皆様、私のこの泥濘のようにまとわりつく偏執的な愛情が、少しでも伝わっておりますでしょうか。誠に申し訳ありません、少々取り乱しました。

さて、新球スクリューの話もしておこうか。カナリオとかいう助っ人に左翼線へ痛打されたあの甘い球。あれはアカン。
菌類学的に言えば、共生関係を保っていたはずの菌糸が突然反逆し、宿主の細胞を急速に壊死させるプロセスそのもの。甘いスクリューは猛毒。コントロールとスピードの狂った歯車が噛み合わなければ、たちまち事象の地平線に飲み込まれてブラックホール行きだ。

それでもだ。3回の満塁のピンチを、西川のポテン内野安打と渡部のゲッツーで最少失点に凌ぐあたり、彼の周りだけ局所的に重力定数が狂っているとしか思えない。59球の間に展開された、緻密で泥臭い生存戦略。

結局のところ、俺たちは山崎福也という不可解なブラックボックスに魅了され続ける運命にある。スピードガンの数字しか見れない浅薄な連中には一生理解できない、極北のロマンがそこにある。

にほんブログ村 野球ブログ 北海道日本ハムファイターズへ

コメント